「北の山・じろう」時事問題などの日記

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東電“不手際の指摘”に弁明「NHK NEWS WEB」

★「NHK NEWS WEB」から全文引用
東電“不手際の指摘”に弁明
6月5日 18時5分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120605/k10015624101000.html

東京電力はみずから行っている福島第一原子力発電所の事故調査報告をほぼまとめました。この中で、1号機や3号機の事故直後の対応について、政府の事故調査・検証委員会から不手際を指摘されたのに対して、「対応するのは現実的に困難だった」などと弁明していることが分かりました。

東京電力は、重大な事故を引き起こした当事者として去年6月から社員の聞き取り調査などを行い、去年12月に中間報告したあと、今月中に最終報告を公表する方針で、その内容をほぼまとめました。
このうち、最初に水素爆発を起こした1号機では、すべての電源を失ったあとでも原子炉を冷やすことができる非常用の冷却装置の操作について、政府の事故調査・検証委員会が「運転員の認識不足や操作の習熟不足があって、装置の弁が閉じて機能していない状態に気が付かなかった」と指摘していますが、東京電力の調査報告の案では、「電源が失われていたため、冷却装置の弁の状態を認識し対応するのは現実的に困難だった」と弁明していることが分かりました。
ただ、すべての電源が喪失した場合の安全装置について検討分析し、必要に応じて手順書や教育訓練へ反映することが必要だとして、教育や訓練が十分でなかったことを事実上認めています。
また、1号機に続いて水素爆発を起こした3号機では、バッテリー不足で注水に必要な弁が開かず原子炉の冷却が7時間近く中断しましたが、政府の事故調査・検証委員会が、「バッテリーが枯渇するリスクを過小評価し注水に失敗した」と指摘しているのに対して、東京電力の調査報告の案では、「注水用の設備が損傷する懸念があり、早急に停止する必要があった」などと弁明しています。
さらに、2号機の状態が深刻化した去年3月14日の夜に東京電力が総理官邸に撤退とも受け取れる打診を行ったことについては、当時、作成した退避の手順には、「避難の決定が出た場合、緊急対策メンバー以外が退避する」となっているとして、撤退する意思はなかったと結論づけています。
ただ、発端となった当時の清水社長と海江田大臣などとの電話連絡の時点で、舌足らずな点やことばの行き違いで認識の差になった可能性は否めないとしています。