「北の山・じろう」時事問題などの日記

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短評:「除染」に見られる日本社会の幼稚性 <平成25年3月10日 武田邦彦

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短評:「除染」に見られる日本社会の幼稚性




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除染してでた汚染水の捨て場がないから、除染できない」
という話を聞く。少し傲慢な言い方だが、そんなに日本社会は幼稚なのかと驚いてしまう。

家を大掃除するときに、掃除で出たゴミを捨てに行くところがないので、部屋の中にゴミを積んでおいたら、いくら掃除をしても家はキレイにならない。「掃除」というのはそこからでる「ゴミ、汚い物」を処理する所までを含めて「掃除」なのだから。

そんなことは大人なら誰でもわかっている事だ。つまり、「除染」というのは「水で汚染された所の放射性物質を除く」というだけではない。除染によって汚染された水を処理する施設を含めて「除染」である。

汚染された水を処理する技術はすでにある。蒸留装置とフィルターで、その施設を最初に作ってから除染に入らなければならない。このようにあまりにも当然のことが行われず、「除染して何になる」などと言う大人が出てくるのは実に不思議である。

現代日本の七不思議でもある。

(平成25310日)

 

武田邦彦

 


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