「北の山・じろう」時事問題などの日記

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浪江・小高原発の計画撤回 福島第一事故後では初 東北電発表<東京新聞 TOKYO WEB>

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浪江・小高原発の計画撤回 福島第一事故後では初 東北電発表
2013年3月28日 夕刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013032802000236.html
▼全文転載


 東北電力は二十八日、浪江・小高原発(福島県浪江町、南相馬市)の新設計画を撤回すると発表した。予定地が東京電力福島第一原発事故後に警戒区域となったことに加え、地元の理解を得られず、建設は不可能と判断したとみられる。

 原発新設計画の撤回は、他の電力事業者を含め、原発事故後初めて。東北電としては二〇〇三年に地元の反対などを理由に断念した巻原発(新潟県)に次いで二例目となる。

 浪江・小高原発は出力八十二万五千キロワットで、予定地は浪江町と南相馬市小高区の計約百五十ヘクタール。用地は東日本大震災の津波で浸水し、原発事故後に全域が警戒区域となった。小高区側は昨年四月に避難指示解除準備区域になり、浪江町側も来月一日に同区域に変わる。

 福島原発事故を受け、一一年十二月には浪江町議会が誘致を白紙撤回する決議を、南相馬市議会が計画中止を求める決議をそれぞれ可決。馬場有浪江町長、桜井勝延南相馬市長もそろって立地を認めない考えを示していた。

 東北電は一九六八年に浪江・小高原発の建設計画を発表し、七〇年から用地買収を本格化させた。一部地権者の強い反対で用地取得は完了していない。

 昨年三月には「一六年度着工、二一年度運転開始」としていた計画をいずれも「未定」とした。

 東北電は、震災後に運転停止が続く女川原発1~3号機(宮城県女川町、石巻市)を一六年度以降、東通原発1号機(青森県東通村)を一五年七月に再 稼働させる計画。東通原発2号機の新設計画もあるが、「一六年度以降の着工、二一年度以降の運転開始」の予定を震災後「未定」と変更している。

 <浪江・小高原発> 東北電力が福島県浪江町と南相馬市小高区にまたがって建設を予定していた原発。青森県の東通原発2号機の増設とともに、東北 電が長年、実現を目指してきた。1968年に計画を公表し、用地取得に着手。沸騰水型軽水炉(BWR)で、出力は82万5千キロワットとする予定だった。 計画地は東京電力福島第一原発から北へ約10キロの地点。

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