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平和教育の教材になる『はだしのゲン』<夕刊ガジェット通信>

2012.03.22 17:30 記者 :

平和教育の教材になる『はだしのゲン
http://getnews.jp/archives/176150

▼全文転載

 

(漫画表紙画像)

http://px1img.getnews.jp/img/archives/imp/nif_120322001459.jpg

第2次世界大戦の末期に、日本の長崎と広島に米軍が原爆を落とした。原爆によって飛び散った放射能により、多くの人が被ばくし、死亡し、被ばくの後 遺症に悩まされた。では、この重大な出来事を日本人の中のどれだけの人がきちんと知り、自らの歴史認識として消化しているのだろうか。

筆者が小学4年だった1973年。当時、広島と長崎に原爆が落ちたことは、なんとなく知っていた。だが、爆発後の広島や長崎の惨状を知る術はなかった。そんなとき、奇妙な漫画が「週刊少年ジャンプ」(集英社)に連載され始めた。中沢啓治さんの『はだしのゲン』である。

72年の『アストロ球団』(画・中島徳博、原作・遠崎史朗)でジャンプを読み始め、翌年に連載された『包丁人味平』(画・ビッグ錠、原作・牛次郎) と『プレイボール』(ちばあきお)、さらに70年から連載中だった『トイレット博士』(とりいかずよし)で、筆者はジャンプにすっかりハマってしまった。 そして、これら普通の漫画の中で、『はだしのゲン』は異彩を放っていた。

この漫画の何が奇妙で、どこが異彩を放っていたのか。まず、当時の漫画のストーリーは、スポーツや料理、ロボット、そしてギャグなどが主流だったの に対して、『はだしのゲン』は戦争をテーマにしていたこと。また、死者や負傷者の描写がリアルで、ケロイド状になった負傷者の傷跡からウジがわく様子を見 て驚いたものである。

友だちと一緒に「マタンキ!」などと叫びながら『トイレット博士』を大笑いして読んでいた時に、いきなり近代史を扱ったリアルでシリアスな漫画が登 場したわけだ。はじめは取っつきにくく読み飛ばしていたが、広島に原爆が落ちたあたりから引き込まれるようにして読むようになった。

2012年3月21日付の中国新聞によると、その『はだしのゲン』が「被爆体験の継承が課題となる中、同世代のゲンを通して被爆者の思いを感じても らう狙い」で、「独自の平和教育で使う小学3年用のテキストに」採用されることが決まったという。72年に連載を開始した漫画が、40年の時を経た今、教 材として子どもたちに読まれる。

また、同じ記事に興味深いデータが掲載されている。広島市教育委員会の2010年の調査によると、「広島に原爆が投下された年月日と時刻を 「1945年8月6日午前8時15分」と解答できた小学4~6年は33.0%、中学1~3年は55.7%。正答率はいずれも過去最低だった」というのであ る。

歴史が少しずつ風化してしまうのは仕方のないことではある。それでも、日本が唯一の原爆による被爆国であるということは日本人として知っておいたほ うがよいと思うし、語り継いでいくべきだとも思う。原爆が投下された広島と長崎を軸に、放射能の恐ろしさを子どもたちにわかってもらえるような教育を行 い、その子どもたちが学んだことを全国に波及していくような仕組みは歓迎すべきものであろう。

ところで、数年前に広島を訪ねたところ、現地の「平和運動」はいくつかに分離しており、なかには急進的な左翼系の人びとの「行き着く果て」になって いるグループもあると聞いた。核廃絶をめぐっては、完全な核廃絶しか認めない強行派から核の所持を容認しながら反核を訴える柔軟派まで、さまざまなグルー プがあるとも聞いている。

そして、グループの区分けは党派の区分けに一致しているようだ。つまり、「反核」「反戦」「平和」という共通の目標に向かうべき大人たちは、政治的 な主張が異なるがゆえに協調できず、お互いに些末な差異をあげつらってケンカをしているというのである。なんと馬鹿らしいことであろうか。

ある意味では、そんな党派の呪縛から解放されないオトナたちがいなくなった後、これから『はだしのゲン』を読むような子どもたちが、本当に「反核」「反戦」「平和」と向き合っていくのかもしれない。

(谷川 茂)

」から全文転載