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3・11後のサイエンス:変わる人、変わらぬ人=青野由利 (2011年12月27日)
毎日新聞 2011年12月27日 東京朝刊
http://mainichi.jp/feature/news/20111227ddm016070166000c.html
▼全文転載
これほどの大災害が起きたのだから、科学者も世界観が変わったに違いない。そう思う人にとっては意外な調査結果がある。文部科学省科学技術政策研究所が9月に実施したアンケートだ。
回答したのは理工系を専門とする大学教授や企業の部長クラスの796人。このうち、東日本大震災を経て 「これまでの自分の研究活動に変えるべき点がある」と答えた人が45%。「特に思いあたらない」と答えた人が54%。3・11をもってしても「変わらな かった人」が2人に1人ということになる。
11〜12月に開かれた低線量被ばくのリスクを検討する作業部会の経過を見て、この調査を思い出した。メンバーは主として放射線防護の専門家。これに細野豪志・原発事故担当相が加わり議論した。
「冷温停止状態」の宣言を前に急いで検討した政府の拙速ぶりも問題だが、気になったのは専門家の立ち位置だ。
これまで放射線防護のあり方は国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告をもとに決められてきた。下敷きになっているのは、主として広島・長崎の被爆者のデータである。
しかし、今回の事故の影響は過去の広島・長崎のデータだけでは測りきれない。進歩著しいゲノム科学の成果も含め最新の知識で評価してほしい。住民はそう思っているはずだ。
しかも、3・11以降、低線量被ばくのリスクは住民の最大の関心事であり、市民は急速に放射線の知識を身に着けた。自らの測定ネットワークで汚染地図を作るまでになっている。もはや、素人は玄人の意見を聞け、ではすまない。
ところが、作業部会には住民の気持ちに寄り添う姿勢も、最新の研究に目配りした見解を示そうとする意欲もあまり見られなかった。3・11をもってしても「変わらない」という印象だ。
「専門家も本当の意味で向き合ってこなかった面があるのではないか」。議論の終盤では、細野さんが指摘 する場面もあった。「リスクコミュニケーションは技術論のように聞こえるが、問われているのは覚悟だ」。並み居る専門家を前に「科学」より「覚悟」を問 う。それこそ覚悟がいりそうな発言だ。
本来なら、政治家が自らに問うべき課題である。今回、リスクコミュニケーションで大失敗したのは政府だ。だが、気持ちもわからないではない。ICRPを追認し、これまで通りの評価を示すだけでは、住民の安心を得るのは難しい。
政策研の調査で興味深いのは、回答に専門分野による違いが見られなかった点だ。確かに見回すと、「変わらない人」がいる一方で、分野によらず「変わった」科学者も多い。測定や除染をはじめ3・11後に地域で行動を起こしている人々だ。
住民がどちらの言葉に耳を傾けるか。答えはおのずと決まっている。
作業部会は「将来福島を全国でがん死亡率がもっとも低い県にする」との目標を報告に盛り込んだ。生活習慣の改善に加え検診率を向上させるという。
この提言が住民に受け入れられるか。科学のあり方も覚悟も問われることになる。
◆
3・11を経て変革を迫られる科学と技術の営みをコラムを通して考える。(論説委員)
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