「北の山・じろう」時事問題などの日記

 ☆今は、無きブログのタイトル☆ 『取り残された福島県民が伝えたいこと』 管理者名 「取り残された福島県民」 当時のURL>http://ameblo.jp/j-wave024/

マスコミの伝えない福島の現実(辛淑玉){みんな楽しくHappy♡がいい♪の文字起こし}

★こちらのブログに入りきらない記事は、第2ブログに掲載しています。
福島原発事故と放射能汚染 そしてチェルノブイリ地方の現状Ⅱ(北の山じろう)


★マスコミは、決して福島で起こっている現実のドロドロした様々な問題を伝えようとはしません。そのため、国民は福島県で今起こっていること、困っていることが分かりません。深刻な問題が沢山起こっているようですが、もっとも大事なこのようなことを、伝えず上っ面のきれい事だけを報道します。現実は、違うと言うことを是非、知っていただきたいと思います。かなり具体的に福島の現状を、語ってくれます。長文ですが、是非お読みください。

みんな楽しくHappy♡がいい♪」から全文転載

みんな楽しくHappy♡がいい♪
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原発は人を殺します」辛淑玉氏3/9バイバイ原発3・9きょうと(文字起こし)
2013-03-10(12:58)
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YouTube
バイバイ原発3・9きょうと辛淑玉(しん すご)さんスピーチ
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=bXziUjc3b2U
公開日: 2013/03/08


放射能時代を生きる三つのアクションの著者であり、
人材育成コンサルタントの辛淑玉さんがこの会場に駆けつけて下さっています。
では辛さん、よろしくお願いいたします。


辛淑玉

こんにちは。
辛淑玉です。
今日初めて生で実物の辛淑玉を目の前で直接見るという方はどれ位いらっしゃいますか
あぁ、ほとんどの方が初めてですね。

改めまして自己紹介をさせていただきます。
身長1m72cm、でかいですねw
靴のサイズは25cmと。
で、よく街を歩いていますと「あんた日本語が上手だね」とか言われていますが、
私は東京生まれの東京育ち3代続いた江戸っ子でございます。
今日何かありましたら日本語で対応させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


3.11以降、私は約2年間にわたって被災地の方に足を運びました。
足を運んだ理由はとても簡単です。
被災3県の中には約9万人という外国籍住民がいました。
そしてその死亡者が分かったのが23人だけです。
そしてそれ以外の不明者についてはいまだにわかっていません。
もちろん福島の中はもっと分かっていません。
そんな事があって中に入って行きました。

そして東京に戻ってくるたびに、
はっきり申し上げます、
西日本に来るたびに「あぁ、まだ過去がある」と思うんですね。
「過去」です。
もう西日本に来ると、「ああ、確かこんなような時代があったなぁ」と考えました。
何も考えずに空気が吸えます。
何も考えずに食材が買えます。
「ここは何シーベルトか?」なんて考えることもありません。

「ああ、いつか見た過去だな」

そしてまた、東日本に行くと未来があります。
私が原発に反対しようと確固たる意志を持ったのは、
原発は核事故です。
そしてその核事故は人間の身体を壊すのではなく、
人間そのものを壊すんだという事が分かったからです。

今福島に行って放射線量を測っている人を見ることは全くないです。
「なぜ?」って、
もう、お母さんお父さん子どもたち、全ての人達の頭の中に、
ここは何シーベルト、ここは何ミリシーベルト、これだとどれくらい、ここはこれくらい、というのが、
細かく頭に入っています。
それをわざわざ測る人はありません。
そして大量の情報をもっています。

そしてその中で韓流ブームが起きたんですね
「えっ?」と思ったんです。
何故そんなにシーベルトシーベルトだって頭の中に入っている人たちの中で、
韓流のいろんなDVDなんかがとても売れていると、
貸し出しが多いんですよっていうのをね、
「なぜ?」って聞いたら、
「なにも考えない瞬間を作りたい」と。
いつもいつも放射線量の事を考え、
いつもいつもいつも、ドキドキしながらハラハラしながら
子どもに対して申し訳ないと思いながら生きながら、
そうするとおかしくなってくるんです。

「福島に残っている人間は、福島に残っている親たちはバカな親だ」と言われ、
そして福島の中で一生懸命子どものために線量を考えてやっていると、
「お前、まだ考えているのか?」と言われ、
子どもがちょっとおかしくなったら、
「お前が神経質だからだ」と言われて、あっちこっちから叩かれます。

その中でちょっとでも、今少しでもそれを考えない時間を作ろうと思うと、何かに熱中するしかない。
「だから辛さん、韓流を見るんですよ」と言われました。

良くテレビで見ます。
「頑張る美しい被害者たち」
悪いけどね、私行ってみてね、そんな人に会った事無いわ。

テレビというのはね、
自分たちがなにもしたくはない
そして多くの人達が責任を逃れたい、考えたくないと思って安心する装置です。

だから、本当の被害や本当の苦しさを映し出す事はありません。

言われました。
「辛さん、平常を装っていないと、
時限爆弾の上で、地雷原の上で生きていけるということは、平常を装っていないと生きていけないんです」

だから平常を装います。
そしていつも見られます。
私がきちんと話をしてもらう事が出来るようになったのは、1年後です。
「なぜ?」って…
ちゃんと分かっていますよ、こいつに話しをしたらわかってくれるか、もしくはそうでないのか、
誰に話していいのか、誰に話しちゃいけないのか、
それをドキドキドキドキドキドキドキドキしながら生きているんです。

もし、今福島の中で線量が怖い、なにが怖いと言っていたら、
みんなも怖い中で黙っている中で、それを言い始めたら、
すぐに攻撃をされたり、無視をされたり仲間外れになったり、様々な事が起きます。
だからだれが敵なのか、誰が味方なのか、何を話していいのか、どこまで言っていいのか、
こんな生活が毎日毎日続いています。

避難しない親にはとても多くの人達が非・非難をします。
つまり攻撃をします。
「子どもがそこにいるのに子どもの事を考えたら何故逃げないんだ」
でも人はそれぞれさまざまな生活を抱え、様々な生活をし、移動できない人たちも沢山います。

「馬鹿な親だ」と言われ、そしてちょっと避難したら今度は「逃げた」と言われる。
「逃げた」と言われてそこで生活が出来なくなって戻ってくると、
「逃げた奴が戻ってきた」と言われる。
ひとりひとりがみんな壊されていっています。

そして今は「逃げた」ではありません。
「消えた」です。

「あっ、○○ちゃん消えた!」
「誰それさん消えた」
「消えた」というのはもうその瞬間からそこから無くなる、その会話から無くなるということです。


ブランコが漕げない

この間保育園の人達と会いました。
「辛さん、子どもがブランコ漕げないんです」っていうんですね。
「ブランコ漕げない」って一体何の事か?と。
「ブランコを漕げない子どもはいっぱい居るだろう」と思いました。

そしたら5歳児です。
5歳児だけどブランコが漕げないんです。
私にはよく分からない、どういう意味なのか?ともう一度聞きました。
「3歳児の体力しかない」と言うんです。
つまりブランコをこぐ、こういうふうにして蹴る、動かすというのは3歳児の子どもが出来るんです。
だけども5歳児になっても出来ない。
なぜならば外に行って思いっきり運動をしたりとか、身体を動かしたりとかが出来ないからです。

部屋の中で、放射線量があるから、ぐっとこらえて生きていないといけないからです。

そうするとどうなるのか?
ただ単にブランコが漕げないということではありません。
体力が無くなっていくんです。
免疫力が無いんです。
免疫力が無いからちょっとしたことですぐ病気にかかります。
病気にかかったら医者はあるのか?
医者なんかないわ!どうやって生きて行ったらいい…。

ただブランコが漕げないだけではない、その先に絶望的な未来があるんですね。



抑圧された感情のはけ口

子どもたちはよく、目をパチパチパチパチパチパチパチパチします。
そしてね、言うんです。
「こんな子じゃなかった」
「こんな子じゃなかった」って。
親も子も抑圧されて、そして何かあったら…いつも女に言われるんですね。
「子どもがこうなったのはお前のせいだ」って、オヤジはどこへ行ったんだ?っていつも思います。

そして、兄弟の中でのいじめも始まります。

抑圧された思いはどこへ行くのか?
抵抗できない所へ向かっていきます。
それは先ず女子供です。
もちろんドメスティックバイオレンスも増えました。

私が行った借り上げ仮設住宅では、
「辛さん、たばこ税をあげないように言って下さい」って言われたんですね。
で、厚生労働大臣に、小宮山洋子さんに「たばこ税をあげないように行って下さい」と言われました。
「いったいそれはどうして?」って聞いたのね。
そしたらお父ちゃんが、夫が、主人が、
「一服外に吸いに行っている時だけが殴られない」と。

なにが起きているのか?
抑圧された社会の中でどんな状況になっているのか?
今まで女房・子供を殴っていた人達が抑圧された感情を今度はどこへ向けるのか。
公務員ですよ。
「一体お前は誰のおかげで飯食っているんだ」って言ったその頃場は今は公務員に向かっています。
「一体お前は誰の税金で食っているんだ」と。

そうですね、
公務員の人達は自分も被災しております。
だけども電話がかかってきます。
「お前まさか公務員なのに寝てるんじゃねぇだろうな」と。

自分の家も被災しました。
お父さん、お母さん、じいちゃん、ばあちゃん、何代も続いていた畑が使えなくなりました。
使えなくなったら今度は何が起きるのか?
痴呆ですよ。
痴呆が起きてきて、そしてじいちゃん、ばあちゃんたちがですね、
春になったら「あ、田植えをしなくちゃ」とかですね、
秋になったら「稲刈りをしなくちゃ」とかって言い始めるわけですね。
「もう田んぼはない」「もう畑はない」
そして子どもたちは線量の低い所に置いている。
そして、じいちゃんばあちゃんたちから作って持ってくる野菜を
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、毎日捨てる。
もう捨てるたんびに心がおかしくなりそうですよ。

そして言われました。
「どうしてあの時、父さん母さんは死んでくれなかったんだろう」と。


犠牲になるのは子ども

シングルマザーの親は「私がいけない」と思っています。

テレビの中ではお父さん、お母さんが出てきて、ね、そして親がいて、
なんか標準家庭みたいなのが出てきて、
「子どもは親に守られている」と言うのがガンガン流される。
そして「絆」だとかっていうのはね、

「絆」は散々ね、全部ぶった切っておいて、「なにが絆だ!」と思うんですね。


「絆」って言っているのはね、彼らの「原発村の人達の絆」ですよ。
あの「絆」を一生懸命守ってきてそしてこんな事故を起こしたんです。


そしてその中で「私がいけない」っていう人に聞きました。
「何であなたがいけないの?」って。
そしたらね、
「私がちゃんとしていなかったから子どもにこんな思いをさせるんだ」と言うんです。

「ちゃんとしていなかったからって、どういうこと?」って聞いたら、
「夫がいて、ちゃんと結婚して」
わかりますか?
標準家庭をベースにいろんなものがね、
標準っていうのがベースと言うのもよく分かりませんけれども、
「夫がいて、そうすれば子どもはこんな思いをしなかった」っていうんですね。
「私の周りで結婚して幸せだった女は見た事が無い」とかって言ったんですけれども。

つまり、そういう形で、
今まで私たちが古典的に考えてきたものの中に、人をどんどんどんどん当てはめて、
そしてどんどんどんどん苦しい思いになっていく。

そしてシングルマザーはね、とてもしんどいです。
なぜなら最初から正規雇用なんてありません。非正規雇用です。
非正規雇用で二つか三つの仕事をもちながら生きています。
そのうちの一つか二つはね、この震災関連で、原発事故のおかげで無くなります。
無くなったあとはどうなりますか?
苦しい中で生活をしています。
そうすると、今度は家賃が上がってくるんです。
つまり借り上げ仮設住宅、つまり避難してきた人たちの家を確保するために、
今度はそこの家賃が今まで2万8000円だったのが6万円かなんかになったりするわけです。
そうすると今度の更新の時にお金が払えなくなります。

で、どうなるのか?
そうすると子どもと二人でやっとやっとのことで何とかしてきたけどもうダメだ、
「家賃も払えない」という事になったら、今度は実家に戻ります。
実家に戻ったって自分のいる所なんかないですよ。
そして実家に戻っているところが無くて、子どもが学校も転校し、
そして子どもはそのなかでなんか肩身の狭い思いをし、
どんどんどんどん子どもがおかしくなっていく。

そして「これはいけない」と思って生活保護をお願いするけれど、
生活保護をお願いしたって「親元にいるんだから」って言って出てきません。
そして気が付いたらサラ金の借金が溜まり、ごろごろごろごろ転がっていきます。

そんなものがね、いっぱいあります。


医療関係・・そして加害者にさせられた農業関係者

そして医療関係者が疲弊しています。
最初からずっと過重労働です。
「やってくれて当たり前」と言うような状況の中で、
自分たちも被災していながら休むことなくずーーーーーっと働き続けています。

その上に、今度は置き去りにされていった人たちが、
病院にどんどんどんどん送られます。
看護師の人数が足りなくて病棟を開ける事ができません。



最も打ちのめされているのは、農業関係者です。

自分たちが加害者にさせられてしまったんです。
自分たちも被ばくし、そして被ばくした農地を一生懸命、一生懸命除染をし…、

除染なんかできないですよ。
やればやるほど出来ないっていう事が分かる。
移染ですよ。

そして被ばくしながら、夜、冬の寒い時にりんごの木の皮やなんかを一生懸命剥いて、そしてやっと作る。
作ったものは売れません。

東京では福島のものは1個80円でした。
岡山のものは350円です。
そして、福島の人達が言いました。

「市場価格と言うのは、これは福島の人間の価格だ」と。
一生懸命作っても売れない。
そして、食べてもらえない。
なんて言ったのか。

自分の畑で作ったものが自分が怖くて食べられない。
自分の畑で作ったものを分け与える事が出来ない。
自分の畑で作ったものを孫たちに送る事が出来ない。
自分の畑で作ったものが廃棄処分になる。
自分の畑で作ったものが売れない。

そして、何にもまして自分たちが加害者にさせられてしまう。

電話でピピピッって携帯番号が鳴るたびに、
あの震災の時に警報が鳴ったあの音を思い出し、
そしてぶるぶる震えて畑の真ん中で腰が抜ける と言います。

農業関係者に会った時に、
今やっている人達は何とか、何とか、自分たちを保てた人達です。

「しんどかったね、良く頑張っているわ」と言いました。
そしたらね、この両腕をこういうふうに抱いてですね、
ガフガフと泣きました。
ガフガフと泣くんです。
どんなにどんなにどんなに頑張っても、もう先は見えないんです。


壊れていく…
そして20km圏内から30km圏内。
原子力資料情報室と一緒に渡りました。
そのときにですね、
もう線量計はピーコ―ピーコ―、ピーコ―ピーコ―ですよ。
30マイクロシーベルトを簡単に超えています。
で、聞きました。核の専門家に。
「ここは、後どれくらいしたら戻って来れますか?」と。
そしたらね、その時一緒にいた核の専門家が
「100年経っても戻れません」と言われました。

その「戻れません」と言ったその目の前には、倒壊した墓石がいっぱいあります。
私は思いました。
「ああ、そうか。私が生きている間にはこの墓石は誰も立てることはないんだな」
「誰もまっすぐしてあげることはないんだな」

その線量の高い地域でふと見たら、
20km圏内のちょっと先のところに警察車両がありました。
で、誰もいません。
人もいません。
ただ高い線量があるだけで、音もなく。

そして私の姿が見えたら、タッタッタッタッって向こうから走ってきました。
走ってきた若者が言いました。
「名前は?住所は?所属は?」と。
辛淑玉と申します。住所は東京都ナントカで・・・」
そしたら名前は?住所は?
「わたしは辛淑玉
そしたらまた名前は?住所は?って言われました。
「ああ、警察だからそう聞くのかな?」って思いました。

違います。
壊れてました。

後ろからもう少し歳のいった警察官がきました。
20km圏内と言うのは日本全国からの警察官が応援に来ています。
そしてそこで警備をしています。
そしてその後、後ろから来た警察官が「すみません」と言いました。

私は言いました。
「あんた、怖くないか?」って。

そしたらその時に言ったのが「怖いです」と。

「あんたね、本庁に行って、50以上の人生が終わった親父たちに来て貰って、ここを守ってもらいなさい」と、
「若い子たちがここを守ってはいけない」と。
若ければ若いほど、自分たちの身体に負担がきます。
そして、その20km圏内で守っている人達は2週間24時間で交代します。
交代する時は全部の服を着替えていきます。

だけども福島の警察官はそうではありません。
ずーっと中をパトロールしながら、ほとんど着たきりすずめのままでやっています。
どれだけ多くの人が被曝しているかわかりません。



外国籍の妻たち

そして外国籍の妻たちは、
被災直後に、原発事故直後に私のところに電話がかかってきました。
「朝起きたら日本人がいない!」
「あんたは誰でどこにいるの?」っていうのはわかりません。
原発という言葉も高台に避難という言葉も日本語が分かりません。
あそこには沢山の外国籍の花嫁さんがいました。
フィリピン、タイ、韓国、中国、ベトナム。
そしてその人達は母語によるサポートが無いままそのまま置かれました。

2年経って、私がいろいろ、何回か尋ねていってやっと話をすると、話しが出来る日本語で話しをします。
そして、「いったい何があったのか?どういう思いなのか?」って言うと、
その瞬間から母語に戻ります。

だから私は彼女たちの話しを聞く事ができません。

差別

そして、避難した人たち。
どうですか?
最初に原発事故が起きた時に、一番最初に早かったのは企業ですよ。

企業は何をやった?
それは、まずは外資系の保険会社が「福島の人達にがん保険を売らない」という事をやりました。
リスクが高いからでしょう。

そしてホテル。
これはね、「福島の人達は泊らせない」と、
もし福島の人達が泊ったら他のお客さん達が嫌がるから」と、

じゃあ家は貸してくれているのか?
貸してくれるわけじゃないです。
そして借り上げ住宅仮設住宅、自主避難した人たちと金を配られて避難した人たちとの間で格差があります。

そしてその避難所のところでは、車が壊されたり
学校へ行ったら「お前らの身体は放射能でいっぱい」とか言われたり、
「放射能があるからうつる」とかと言われて、
「放射能がいっぱい」と言われたその女の子はご飯を食べなくなりました。

「お前が太っているのは放射能だ。放射能がいっぱいだから」と言われて。

そして中学校3年生で拒食症になって、
26kgか23kgになり、チアノーゼも出て、もうおかしい状態になってそれでも学校に行かせました。
しっかりしてなきゃいけないという事でしょう。
そしてうちに帰ってきたらパニック障害を起こし、
パニック障害が起きたら、それを外に出してはいけないと思って
お父さんがはがいじめにしてお母さんが口を押さえ…一家は壊れていきます。


子どもと避難したお母さんは、その避難先アパートの下の住民が言います。
「バタバタバタバタ動かないで!放射能が落ちてくるから!」って。

そうね、子どもは動きますよ。
そしたらそのお母さんは子どもをですね、毎日帰ってきたら柱にくくりつけて
泣きながら「ごめんなさいね」って言って柱にくくりつけて、

5歳の子どもをそういうふうにして毎日毎日くくるんです。
そんなお母さんおかしくなりますわ。
その後お母さんはどんどんどんどんメンタル不全になっていき、
そしたら子どもに対する食事の世話もできなくなり、
子どもが近所の人に歩いていきました。

「うちのお母さんを病院に入れて下さい」
「ぼくを・・・」ぼくを、…5歳の子どもが、
「僕を施設に入れて下さい」といいます。

そしたら近所の人達はなんて言うんですか?
「あんたは放射能で身体がおかしいんだから、だからさっさと福島に帰りなさい」と言います。

こんなことはあっちこっちで起きています。
そして新潟や原発があるところに避難した子どもたち。
沢山の原発が止まっています。
そこで生活をしていた人達は福島に送られます。
そうするとまたそこの家のそこの子どもたちも離散家族になります。
そしたら言いますよ。
「お前のところで事故が起きたからうちの父ちゃんまた福島に行かなきゃならないんだ」ってね。

あっちこっちで嫌がらせも、いじめも、起きています。

人生を分断し、安心した生活を奪い、
避難してもしなくても地獄のような生活を送らせているんです。

私は本を作りました。
三つの事を考えようと。
危険を知り判断をし行動をしようと言う事を書きました。

それは原発はどんな事があっても、いや、放射能はどんな事があっても身体に危険なんだと。
だから0.2マイクロシーベルトになったらすぐに除染をしてもらわなければいけない。
0.6になったらこれは危険だからという事で、
そういう事を判断しそして行動していこうという事を言いました。


あえて申し上げたいと思います。

原発は人を殺します」
この危険を知って下さい。

そしてどういう判断をしなきゃいけないのか?
それは「原発はつくるな・つくらせるな・稼働させるな」です。

そしてどういう行動をしなくちゃいけないのか?
それは、今いる被害者とともに生きていく社会をつくるという事です。

フクシマと言うのは近代の日本が生んだ新しい差別部落です。
そしてフクシマ差別と言うのは、今まで私たちがもう無くなってしまったと思っていた、
広島・長崎の被爆2世・3世の人達への差別です。
そして膨大な環境汚染をしました。
それは私たちが環境汚染によってしんどい思いをして死んでいった、
そして今なお助けられない水俣病差別と一緒です。
近代の差別です。
差別があるからこそ原発が造られました。
そしてその差別は沖縄の差別とも一緒です。
であるならば、この京都1200年の歴史、
その1200年の歴史は差別の歴史でもありました。
だからこそ新しい時代を作るという事は、
被災した人、そして叩かれた人、弱者を差別しないでともに生きていく社会をつくること。
これが原発村に対抗できる私たちの生き方、私の生き方だと思います。

最後にこの詩をお届けして終わりにしたいと思います。

ふるさと
故郷を隠す事を父は獣のような鋭さで覚えた。
故郷を暴かれ死んでいった友がいた。
故郷を告白し、愛する者に去られた友がいた。
我が子よ、お前には胸を張って故郷を名乗らせたい。
瞳をあげ、何のためらいもなく
これが私の故郷ですと名乗らせたい。

福島。
今は、福島の結婚差別も沢山あります。
私たちは差別に打ち勝たなければいけません。

福島を隠す事は両親は獣のような鋭さで覚えた。
故郷が福島だといって死んでいった友がいた。
故郷を告白し、愛する者に去られていった友がいた。
我が子よ、お前には胸を張って「ふるさとは福島です」と名乗らせたい。
瞳をあげ何のためらいもなく「これが私の故郷福島です」と名乗らせたい。

また、闘いの場で会いましょう。
どうもありがとうございました。


バイバイ原発 3・9 きょうと">バイバイ原発 3・9 きょうと
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辛淑玉(しん すご)さん(人材育成コンサルタント)
1985年(株)香科舎を設立し、人材育成指導等を手掛ける傍ら、研修、講演、論説活動も展開。
3・11直後から被災地でメンタルサポートを行い、
支援者の行動マニュアル、メンタルヘルスマニュアルを制作・無料配布。
2012年3月から、原子力資料情報室とともに番組「生活の中の放射能」を制作し配信中。
『放射能時代を生きる3つのアクション』(七つ森書館)ほか著書多数。


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