「北の山 じろう」日記               (その心は?明日、天気にな~~れ!)

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[水俣病と原発事故]出でよ「心ある専門家」(沖縄タイムス)

★本当に、記事の通りだと思います。原発推進を支えてきたのも学者や専門家であり、原発の危険性や放射能汚染に警告を発しているのも学者や専門家です。学者や専門家には、高い知識があり、「良心」や「良識」が求められると思います。しかし、現実には、これまで「良心」や「良識」のある学者や専門家の声は、無視され今も無視されています。(正確には、御用学者を使って、国民を騙すのは止めろ、と言うべきかもしれません)

★国民は、大マスコミから正しい情報は得られません。しかし、通信技術の発達した現代においては、自ら情報を得ようと思えば得られます。知る努力をする者と、しない者の差は時間とともに大きなものになるのでは、ないでしょうか???「良心」や「良識」のある学者や専門家の声を聞く耳を、お持ちいただきたいと思います。


沖縄タイムス ‎から全文引用
水俣病原発事故]出でよ「心ある専門家」
2012年6月14日 09時19分
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-06-14_35043/

 水俣病研究の第一人者で医師の原田正純(まさずみ)さんが急性骨髄性白血病のため亡くなった。77歳だった。

 「被害者(患者)から学ぶ」という姿勢を貫き、半世紀にわたって、水俣病被害者に寄りそった活動を続けてきた。胎児性患者の存在を立証し、胎児性水俣病認定の道を開いたのは原田さんである。

 1953年ごろ、水俣地区で、飼いネコが狂い死にするという異様な出来事が相次いだ。

 やがて言語障害、歩行障害、手の運動障害などの症状を訴える子どもが増え始める。異常に気づいたチッソの水俣工場付属病院は56年5月、水俣保健所に「原因不明の中枢神経疾患が多発している」と報告した。

 政府が水俣病の原因を「チッソ水俣工場で生成されたメチル水銀化合物」だと特定したのは、それから12年後の68年9月のことである。チッソ有機水銀を含んだ工場排水を不知火海に放出し続けていた。

 会社側は非協力的で、原因究明は遅々として進まなかった。「奇病」などと言われ、患者は家族ぐるみで差別を受けた。原田さんが支援活動を通して見たものは、近代化の影の部分だった。

 「権力と富の大都市への集中化は、当然のように地方との格差を増大し、中央の繁栄のかげで地方は捨てられ、そこに住む人びとが切り捨てられる」(『水俣が映す世界』)

 水俣病の根底にあるのは「差別の構造」だと原田さんは言う。

 原田さんの足跡をたどっていくと、水俣病問題と、東京電力福島第1原発事故の類似性に思い当たる。

 水俣病をめぐる三つの責任―「水俣病を発生させた責任」「被害を最小限に食い止める責任」「救済の責任」が、いずれも無視されてきた、と原田さんは指摘する。

 原発事故調査の焦点の一つは、菅直人前首相の過剰介入である。

 官邸の対応を検証するのはいい。だが、事故の真の原因はもっと別の所にあると言うべきだ。

 2000年に亡くなった高木仁三郎さんは、原子力の専門家として早い段階から警鐘を鳴らしていた。

 発電所の停電が長期化するとか大地震に襲われるといったような「一つの要素が働くと、すべてのシステムが一挙に共倒れしてしまう」(『原子力神話からの解放』)。

 東電も行政も、そして「原子力ムラ」を支えてきた多くの専門家が全電源喪失を「あり得ないこと」だと一蹴した。その結果、高木さんの危惧が的中してしまったのだ。

 政府や東電のような大企業は、多数の技術者を擁し、情報をほぼ独占している。政府や大企業の暴走を誰が食い止めるのか。

 社会の中にチェック機能が働かないと、水俣病や福島第1原発事故のような悲劇を再び生むことになりかねない。

 原田さんや高木さんのような、市民の立場に立った「心ある専門家」の役割がこれからますます重要になるだろう。



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