「北の山・じろう」時事問題などの日記

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ドイツの脱原発事情<heuristic ways から転載

★この記事には、読むべきところが沢山あるように思います。そして、今後、日本が教訓にすべきことも!よい事、優れた事は、素直に学ぶべきでしょう。


「heuristic ways」から転載
ドイツの脱原発事情
2012-07-21
http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20120721/p1

 熊谷徹氏は、脱原発を決めたドイツの挑戦――再生可能エネルギー大国への道』の「まえがき」で、「ドイツ政府は、福島事故をきっかけに脱原子力計画を加速し、二〇二二年一二月三一日までに原発を全廃することを決めた」が、日本のマスメディアは、「原発全廃が、ドイツで進んでいるエネルギー革命の一部にすぎないことについては、ほとんど伝えていない」と言っている。

 ドイツのエネルギー革命(Energiewende、エネルギー・ヴェンデ)とは、「二〇五〇年までに発電量の八〇%を再生可能エネルギーでまかなうという、野心的なプロジェクト」のことである。

 ドイツではなぜ脱原子力政策の決定が可能だったのか。著者は、「緑の党がこの国に存在しなかったら、脱原子力政策が法制化されることはなかった」、「さらに、一九九八年に緑の党が初めて連立政権の一党として連邦政府に加わった瞬間に、この国で原子力時代が終わる運命が決まった」と考えているという。そして、なぜドイツでは緑の党がこれほど大きな影響力を持っているのかという理由を知るためには、「この国で四〇年間にわたって繰り広げられてきた、原子力論争の歴史をひもとく必要がある」と。

 ドイツ人たちも、約半世紀前には原子力に大きな期待をかけていた。一九五五年に西ドイツ政府は連邦原子力省を発足させ、二年後にはミュンヘン郊外で研究炉が運転を開始。一九六一年にはドイツ初の商業用原子力発電所が送電を始めた。

 これ以降、西ドイツの経済復興に歩調を合わせるように、出力の大きい原発が次々に建設されていった。特に一九七三年の石油危機は、原子力エネルギーの拡大に追い風になった。


 だが一方で、一九七三年以降、原発建設工事が始まったヴュールという村の農民たちが反対運動を組織し、それが全国の原発建設予定地に飛び火した。一九七九年三月に米国のスリーマイル・アイランド原発炉心溶融事故が起きると、ドイツの反原発運動は激しさを増し、規模が拡大、「社会全体を包む大きな「うねり」になっていった」。こうして、「反原発団体は地域を超えて連携し、全国的なネットワークを築いた」。

 「なぜこの国では、市民が抗議デモや訴訟によって原発の建設を妨害したり、電力会社に操業を断念させたりすることが可能だったのだろうか」と著者は問い、「ドイツはフランスや日本と異なり、地方分権を重視する連邦国家である」こと、「このため州政府は原発の許認可をめぐり、日本の県とは比較できないほどの大きな権限を持っている」ことを理由にあげている。そこには、「ドイツは、ナチスの時代に中央集権制を取って大失敗した経験があるので、戦後は地方政府の権限の強化に力を入れた」という歴史的背景があった。

 西ドイツでは「得票率が五%を超えないと、州議会や連邦議会に会派(議員団)として議席を持つことができない」という事情があったため、「一九八〇年一月一三日に様々な市民団体がバーデン・ヴュルテンベルク州のカールスルーエに集まり、環境団体「緑の党」を結成した」。

 緑の党は、一九八三年の連邦議会選挙で五・六%の得票率を記録し、初の議会入りを果たした。ドイツ統一後、「一九九八年の連邦議会選挙で緑の党は六・七%の得票率を確保し、シュレーダーの率いるSPD社会民主党)とともに左派連立政権を樹立する」。そしてシュレーダー政権は二〇〇〇年に、大手電力会社との間で歴史的な「脱原子力合意」に達した。

 二〇〇二年四月に施行された原子力法の改正案によると、一基の原子炉の運転期間は、三二年間に限られた。当時運転中だった一九基の原子炉は、二〇〇〇年一月一日からの発電量を、合計二六二三テラワット時に限られた。そして個々の原子炉には、「将来発電を許される残りの電力量」が割り当てられた。たとえばバイエルン州のイザー二号機は、二三一テラワット時を発電し終わったら止められることになった。また原発や再処理施設を新しく建てることは、禁止された。


 二〇〇九年の連邦議会選挙で成立した保守中道連立政権で、メルケル首相は二〇一〇年九月に「長期エネルギー計画」を発表し、「二〇五〇年までに二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を一九九〇年に比べて八〇%減らす」という目標を掲げ、「エネルギー供給構造再編の柱を、風力や太陽光、地熱などの再生可能エネルギーに置いた」。

 同時にメルケルは、「長期エネルギー計画」の中で、シュレーダー政権の脱原子力合意に大幅な修正を加えた。彼女は一七基の原子炉の稼働年数を、平均一二年間延長する方針を打ち出したのだ。


 ところが二〇一一年三月の福島原発事故を受けて、「メルケル政権は稼働年数の延長を取り消しただけではなく、七基の原発を即時停止。残りの原発についても、最終稼働日を確定するなど、シュレーダー政権以上に厳しい脱原発政策を断行した」。

 アンゲラ・メルケルは「社会主義時代の東ドイツで物理学の博士号を取り、科学アカデミーの理化学研究所で働いていた」。「このため放射性物質についての知識が豊富であり、原子力を安全に使うことは十分可能だと思っていた」が、福島の事故は彼女に強い衝撃を与えた。連邦議会で行った演説の中で、彼女はこう語ったという。

福島原発で、事態がさらに悪化するのを防ぐために、人々が海水を使って原子炉を冷却しようとしていると聞いて、日本ほど技術水準が高い国でも、原子力のリスクを安全に制御することはできないということを理解しました。(中略)福島事故は、私の原子力に対する態度を変えたのです」。


 メルケル政権は、福島事故後、「原子炉安全委員会(RSK)」と「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」の二つに提言を求めた。

 RSKは、「地震や洪水、停電、航空機の墜落などについて、原子炉がどの程度の耐久性を持つか」を調べ、「ドイツの原発は、航空機の墜落を除けば、洪水や停電などに対して比較的高い耐久性を持っている」と結論付けた。

 「だが、メルケルが重視したのは、RSKの鑑定書ではなく、もう一つの委員会の提言書のほうだった」。この倫理委員会のメンバー一七人は、「社会学者、哲学者、カトリック教会の幹部らであり、原子力技術の専門家や、電力会社の関係者は一人も加わっていない」。

 そして提言書の中で委員会は、「福島事故によって、原子力発電のリスクは大きすぎることがわかったので、一刻も早く原発を全廃し、よりリスクが少ないエネルギーによって代替すべきだ」と勧告した。倫理委員会のメンバーだった社会学者ウルリッヒ・ベックは、「原子力事故には、始まりはあるが、この時点で収束したと断言することはできない。たとえばチェルノブイリ事故で影響を受ける被害者は、まだ生まれていないかもしれない」と述べているという。

 著者の熊谷徹氏は、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住し、「過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている」人らしい。

 最初に記したように、本書ではドイツの脱原発というより、それを含めた「エネルギー革命」、すなわち再生可能エネルギーへの急速な移行状況のほうに重点が置かれているが、ここではあまり触れることができなかったので、興味のある方は本書を直接読んでみてください。

 たとえば「ドイツの電力供給体制も、元は日本と同じ地域独占だった」が、1998年にEUの指令に基づいて電力市場の自由化が始まり、最近は電力会社を乗り換える市民が増えたり、送発電の分離も進んでいるというのは、われわれにとっても参考になる。

 もう一つ、私が「あ!」と思ったのは、再生可能エネルギーへのシフトや送電網の拡充には多額のコストがかかるが、そこには「むしろ、意図的にエネルギー消費のコストを引き上げることによって、市民の資源の消費に関する考え方を変えさせ、エネルギー消費を減らすためのテクノロジーの開発を促進する」狙いもあるという指摘。

 ドイツでは、電力会社の精算書に、「電力がどのようなエネルギー源によって作られているかの内訳や、一キロワット時の発電を行うためにどれだけのCO2が排出され、核廃棄物が出るかも表示されている」という。

 われわれは「何も考えずに電力を使える」状況に慣れているが、それは原発事故が起こることも、核廃棄物をどう処理するかも考えないということだ。だが、われわれもたとえば食品をめぐる事件やトラブルが続くと、食品の産地や成分表示を気にするようになる。「何も考えずに食べる」ことが、時に自分に災いを招くことがあると知ると、それがどこでどうやって作られ、われわれの元に送られてきたのかを知りたいと思うようになる。それはこの社会のあり方やしくみについて考えることにつながっている。

著書
脱原発を決めたドイツの挑戦 角川SSC新書 再生可能エネルギー大国への道

作者: 熊谷徹
出版社/メーカー: 角川マガジンズ(角川グループパブリッシング)
発売日: 2012/07/10


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