「北の山・じろう」時事問題などの日記

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焦点/保育所、津波襲来で明暗/犠牲少なく、毎月避難訓練で備え<証言/焦点 3.11 大震災「河北新報・連載記事」

証言/焦点 3.11 大震災「河北新報・連載記事」から全文転載
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/index.htm
※記事数が多いため、一部転載し、ほかは記事タイトルとURLの掲載です。

河北新報
焦点/保育所、津波襲来で明暗/犠牲少なく、毎月避難訓練で備え
2011年10月04日火曜日
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20111004_01.htm
▼全文転載


写真
6月に再開された宮城県南三陸町志津川保育所で、はしゃぐ子どもたち。毎月の避難訓練と職員の迅速な行動が、震災で多くの幼い命を守った
http://www.kahoku.co.jp/img/news/2011/20111004009jd.jpg
避難した高台を指さす広内さん。野田村保育所があった場所は現在、がれき置き場(右奥)になっている=9月20日、岩手県野田村
http://www.kahoku.co.jp/img/news/2011/20111004010jd.jpg
略図
http://www.kahoku.co.jp/img/news/201110/20111004a10zu.jpg


 東日本大震災により岩手、宮城、福島3県で被災した保育所は700を超え、このうち津波などで全半壊した保育所は78に上った。3県によると、建物被害 が大きい一方、施設で保育中の乳幼児が亡くなったのは1施設の3人だった。保育所には毎月1回の避難訓練が義務付けられており、事前の備えが人的被害の抑 制につながったとみられる。

◎被災3県722施設、死亡3園児

 3県がまとめた認可・認可外・へき地保育所の被災状況は表の通り。
 保育中に亡くなった園児は、宮城県山元町の保育所で津波に見舞われた3人。他の死亡、行方不明の乳幼児は111人で地震後、保護者が連れ帰った後に津波に遭ったり、休みで自宅にいたりしたケースだった。
 職員の死者・不明者はいずれも勤務外で、岩手2人、宮城4人。
 0~5歳児を預かる保育所には、厚生労働省の基準に基づいて火事や地震などを想定した避難訓練が少なくとも毎月1回、義務付けられている。
 宮城県によると、今回の地震があった際、多くの保育所では昼寝の最中だった。保育士らは子どもを起こして、おんぶしたり走ったりして集団避難したという。
 気仙沼市の一景島保育所は昼寝中だった子どもたち71人を誘導。月1回の訓練通り、約100メートル離れた気仙沼中央公民館に避難し、園児は全員無事だった。
 石巻市門脇保育所は大津波や土砂崩れを警戒し、指定避難所よりも高台に逃げて子どもたちの命を守った。
 宮城県子育て支援課は「毎月の訓練と冷静な判断が、多くの子どもたちの命を救った」と評価する。
  保育所で毎月、避難訓練が義務付けられているのは、自力避難できない乳幼児を限られた人手で守るため。厚労省が定める保育施設の保育士数は「0歳児3人に つき1人」「1、2歳児6人につき1人」「3歳児20人につき1人」などとなっており、避難時の人手は多いとはいえない。
 一方、幼稚園や小中学校の避難訓練は、消防法で年2回以上と定められている。これは大勢の人々が出入りする病院やスーパーと同じ基準で、県教委の防災担当者は「学校での訓練を見直す上で、保育所の取り組みは参考になる」と言う。
 ただ、保護者に園児を引き渡した後に亡くなるケースが相次いだことは、保育関係者に新たな課題を突き付けた。
 宮城県保育協議会の高野幸子副会長(67)=富谷町=は「保育中の多くの子どもが助かったことは称賛に値するが、保護者への引き渡し後の犠牲が多かった。避難時は保護者に引き渡さないといった判断についても今後検討したい」と話す。

◎対策積み重ね実行/避難に乳母車、経路設定/岩手・野田村

  東日本大震災では、積み重ねた避難訓練の成果を発揮し、職員、子ども全員が難を逃れた保育所があった一方、迎えに来た保護者に引き渡された子どもが津波に のまれるケースも続出した。保育関係者や防災の専門家は日頃の訓練の大切さに加え、津波に限っては「非常時は親元へ」という従来の常識を見直すよう訴えて いる。

 東日本大震災の津波などで38人が死亡、家屋479棟が倒壊した岩手県野田村。海岸から約500メートルにあった野田村保育所も、木造平屋の建物が基礎ごと津波に流されたが、訓練通りに避難して子ども81人、職員14人全員が無事だった。
 保育所の周囲は平たんで、最も近い高台の住宅地までは約500~600メートル。「高台への避難中、泣いたり、おしゃべりしたりする子は誰もいませんでした。訓練のおかげだと驚いた」。主任保育士の広内裕子さん(54)が当日を振り返る。
 保育所は、村が2006年度に策定した津波防災マップの「浸水区域」内にあった。「大地震が起きたら津波は15分で到達する」とされ、津波への備えを見直した。
 指定避難場所は、約1キロ離れた高台にある倉庫前の広場。15分以内にたどり着けるかどうか、不安が残った。
 保育所は約500メートル離れた農業辻鼻久さん(44)の自宅を、移動中の一時避難先にさせてもらうよう交渉。裏の畑を通らせてもらう許可も得て、指定避難場所に近道できるようにした。
 乳児10人が乗れる手押し乳母車「避難車」も購入。毎月の避難訓練では、子どもたちに15分以内に避難できるよう道を覚え込ませた。
 3月11日は偶然にも、昼寝の後、避難訓練を行う予定だった。地震は子どもたちを起こし、着替えさせている時に発生。職員は急いで子どもに上着を着せ、0歳児2人はおんぶし、1歳児9人は避難車へ。2~5歳児は列になって走った。
 15分後にはいつもの訓練通り、辻鼻さん宅に到着した。約30分後、海岸に津波が到達したのを見て、みんなで畑を通って、指定避難場所に避難。その後、さらに内陸側の野田中に向かった。津波は辻鼻さん宅まで迫り、保育所は流失、職員の車も全て流されたという。
 広内さんは「保育所は幼い子どもの命を守る重い責任があり、訓練でもみんな必死だった。災害時は、訓練以上のことが起きるとパニックになる恐れが十分ある」と備えの大切さを実感している。

◎非常時は親元、裏目に/専門家「津波は避難最優先」

 地震時、約50人の子どもがいた石巻市門脇保育所。保育士らは子どもたちを連れて避難する準備を進める傍ら、名簿をチェックしながら、集まった保護者に約30人の子どもを返した。
 各家庭に配布される市の「保育所のしおり」は、震度5以上の地震と津波の発生時は保護者が子どもを迎えに行くと定めている。連絡が取れなくなることなどが想定されるためだ。
 保護者の多くは、しおりに従って門脇保育所を目指したという。車や自転車で保育所に向かう途中、母親ら5人が犠牲になったほか、子どもを受け取って避難した後、第1波が引いて自宅に戻るなどした親子3組が津波にのまれた。
 保育所に残った子ども約20人は約35分で避難を終え、全員が無事だった。当時、門脇保育所長だった千葉幸子さん(57)は「保護者と逃げた方が安全という意識があり、一緒に避難しようとの言葉は出なかった。残った子どもを助けることで精いっぱいだった」と振り返る。
 岩手県内のある保育所も、災害時には迎えに来るよう保護者に伝えていた。保育所関係者は「とにかく子どもを早く保護者に返したい、というのが本音。普段の保育ですら責任が重いのに、緊急時に少ない職員で大勢の子どもを見るのは大変だ」と打ち明ける。
 一方、宮城県内では周辺道路の渋滞などを理由に、迎えに来た保護者を引き留め、津波から親子を守った保育所があった。小中学校でも生徒を引き渡さず、保護者と一緒に避難して難を逃れた例もある。
 群馬大の片田敏孝教授(災害社会工学)は他の災害と津波を分けて考える必要性を訴える。「早く逃げなければならない津波の場合、保護者は子どもを迎えに行くべきではない。引き渡しの手続きの間に、他の子どもが避難するための貴重な時間が奪われることになる」
 その上で「津波から子どもの命を守るために最も効果的で効率的な方法は、まとまって先生と一緒に避難すること」と指摘。「保育所や学校は津波の場合、保護者の同意を得て子どもを引き渡さない前提で、日ごろから避難訓練に取り組む必要がある」と提言する。

東日本大震災で被災した保育所の再開状況]宮城県内の認可保育所はほとんどが仮設施設なども使って再開した。岩手県でも多くの保育所が再開したが、陸前高田市の2施設と宮古市の1施設が休止している。
  福島県では福島第1原発事故の影響などで、いわき市や双葉郡8町村にある計17の認可保育所が休止中。富岡町の2施設は住民避難先の郡山市、三春町、大玉 村の各仮設住宅を使って再開したほか、大熊町は会津若松市の避難先で一時預かりを始めた。認可外保育所の再開状況は3県とも把握していない。

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