3・11後のサイエンス:東電の「虜」と日本文化=青野由利(2012年07月24日)<毎日新聞>
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3・11後のサイエンス:東電の「虜」と日本文化=青野由利
毎日新聞 2012年07月24日 東京朝刊
http://mainichi.jp/feature/news/20120724ddm016070031000c.html
▼全文転載
事故の本質は「日本の文化」か、規制側が電力会社に取り込まれる「虜(とりこ)」構造か。5日に公表さ れた原発事故の国会調査委員会の報告は、海外メディアと日本メディアで取り上げ方が分かれた。それもそのはず。「日本文化原因説」は、委員長の黒川清さん が英語版に寄せた序文にしか登場しないからだ。事故の根本的な原因は、「権威へのおもねり」「計画への固執」「集団主義」「島国根性」など、日本文化に染 みついた慣習にある、と断じている。
このメッセージに批判がある。ひとつは国内外の使い分けで、これは確かにいただけない。もうひとつは、「文化のせいにするな」という批判だが、本当のところはどうなのか。
600ページに及ぶ報告書を読むと日本的と感じる点は確かにある。たとえば、「海水注入騒動」で東京電 力の幹部が事故の食い止めより官邸の顔色を読むことを優先したこと。「全員撤退問題」でも、官邸の意向をさぐるような受け答えが混乱を招いた。しかし、こ れは、日本文化というより企業体質だろう。
津波対策の先送りもそうだ。電力会社で組織する「電気事業連合会」は、福島第1原発と島根原発で津波に 対する余裕が小さいことを10年以上前に知った。福島第1に全電源喪失のリスクがあることにも、平安時代の貞観地震による津波の大きさについても気づいて いた。しかし、東電は小手先の対応しかしてこなかった。日本文化ではなく、東電の責任だ。
原子力安全・保安院や原子力安全委員会などの規制当局が、専門性の弱さや情報不足から、規制される側に とりこまれた「虜」構造はどうか。06年の原発耐震指針の改定の際には、基準を緩くするよう電事連が規制当局に働きかけ、一部が実現した。過酷事故対策に ついても原発の稼働率と訴訟に影響を与えないよう求めた。これに対し、当時の保安院院長が「悩みどころは一致している。お互いに着地点を見いだしたい」と 応じたくだりは、目を覆いたくなる。
いかにも日本らしい構図だが、実は82年にノーベル賞を受賞した米国の経済学者スティグラーが提唱した米国製の概念だ。日本はそれを克服できずにいた「途上国」というだけではないだろうか。
23日に政府事故調の報告書が公表され、主な検証が出そろった。SPEEDIは活用できたはずか、地震で重要な機器が損傷したかなど、食い違いは残る。その検証も大事だが、忘れてはならないのはそれぞれの提言を「たなざらし」にしないことだ。
「虜」構造が明らかになった以上、これまでの安全評価は信頼できない。全原発で活断層の評価や地震・津 波対策を公正にやり直すことは必須だ。使用済み核燃料プールの事故対策、事故時の指揮命令系統の整理、放射線モニタリングの改善、ヨウ素剤服用の現実的な 対応。すぐに始めなくては間に合わない対策は数え上げればきりがない。
こうしてみると、問題を置き去りにしたままの原発再稼働がいかに無謀か、よくわかる。黒川さんは「責任 ある立場にどの日本人がいても結果は同じだったろう」と述べているが、今もそのままなら恐ろしい。誰がやってもしっかり事故対応ができること。再稼働はそ の体制が整ってからの話である。(専門編集委員)
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