原発事故関連死(5)死亡は事故のため 「認めよ」東電に手紙<福島民報(連載記事)
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原発事故関連死(5)死亡は事故のため 「認めよ」東電に手紙
2012/12/03 17:00
http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012/12/post_5691.html
▼全文転載
家族6人の生活があった高橋さんの自宅。居間は避難当時のままだ=飯舘村http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/images/05GenpatsuKanrenshi.jpg
「本当に逃げるようだったんだよ」
高橋清さん(58)が飯舘村から避難した時の気持ちだ。自宅がある八和木の集落は震災前27世帯あった。昨年9月に妻の広美さんが亡くなってから今年の 4月まで高齢者5人が避難先で亡くなった。急いで避難しなければならない地域が県北地方全体や福島県全体に及んでいたら-と考えると「ざわっとする」。広 美さんや集落の人々のような避難に伴う死が、どれだけ膨大な数になったかと想像してしまうからだ。
犠牲者のことを「本当は"震災"関連死ではなく、"原発事故"関連死なんだけどね」とも思っている。
東京電力に対しては賠償の請求書に、広美さんが死亡した原因が原発事故であると認めるよう求める手紙を同封した。法テラスの若い弁護士に相談すると、生 活状況を含め因果関係を証明できるのかと逆に聞かれた。「賠償金が欲しいんじゃない。女房が原発事故のために死んだと認めてほしいだけなんだ」
荷物を持ち出したり、持ってきたり。今でも時折、飯舘の自宅に足を運ぶ。居間の日めくりカレンダーは「5月28日」のまま。台所のカレンダーは帰るたびにめくっていたが、広美さんが亡くなる前の「8月」で止まってしまった。
料理が上手で家族の中心だった広美さんを失い、何もかも任せっきりだったと気付かされた。「おやじや子どもたちのこと、食事、買い物、洗濯...。やることがいっぱいで暇なしだ」と嘆く。
もう一つ、他の土地の悲劇の本質を見ていなかった自分にも気付かされた。「阪神淡路大震災もチェルノブイリも人ごとだった。自分もそういう現実に遭遇しないと分からないよね」と今は思う。
自宅がある八和木地区は再編によって居住制限区域とされ、避難指示解除の時期は3年半後の平成28年3月になった。「年寄りはかわいそうだ。解除になるまで生きていられるか...。切実な問題だ」と語る。
広美さんに先立たれ、残った自分たち家族が、今よりなにがしか良い暮らしを目指そうとすることにさえ、清さんの心には罪悪感が生じる。いまだに先が見えない将来に一歩を踏み出せずにいる。
飯舘の山の景色は変わらないように見えても、人の手が入らない場所は荒れ、草木が覆っていく。
(カテゴリー:原発事故関連死)
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