「北の山・じろう」時事問題などの日記

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東海発電所は廃炉に20年あまり、スリーマイル島は今も監視状態(2011年4月朝日新聞)

朝日新聞
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東海発電所は廃炉に20年あまり、スリーマイル島は今も監視状態
2011年4月1日12時10分
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104010232.html
◎全文転載

 日本は廃炉になった原子炉を解体して撤去する政策を取っている。

 商業炉としては日本で初めて廃炉作業が進んでいる東海原発(茨城県)は1998年に運転を終了した後、2001年度までに燃料を搬出し、01年度から原 子炉以外のタービン建屋などの機器を撤去し始めた。しかし、原子炉は監視管理を13年度まで続け、解体はそれ以降を予定している。解体撤去が終わるのは 19年度の予定だ。完全に作業が終わるのは20年度。運転終了から実に20年余という長い期間を見込んでいる。

 同原発での取り組みは今後の廃炉をめぐる作業の実証試験の意味合いもある。国内では浜岡原発1、2号機(静岡県)が09年に廃炉の手続きが始まっており、敦賀原発1号機(福井県)も廃炉の方針が決まっている。

 しかし、福島第一原発のような事故で放射能漏れを起こした原発はまったく想定していなかった。

 事故を起こした原発で参考になりそうなのが米スリーマイル島原発事故(1979年)への対応だ。

 米原子力規制委員会(NRC)の資料や宇根崎博信・京都大原子炉実験所教授によると、スリーマイル島原発では80年から除染作業に入ったが、原子炉からの燃料の取り出し作業は85年から90年までの5年かかった。原子炉の放射能汚染を除染できたと確認できたのは93年。

 事故があった2号機とは別に1号機は稼働していたため、解体して廃炉にするのは、1号機の廃炉時に同時にするという。このため2号機は現在まで、監視体制のもと、そのままの状態で置かれている。
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