籾井新会長の登場により露呈したNHKというシステムの矛盾<現代ビジネス 2014年01月29日>
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籾井新会長の登場により露呈したNHKというシステムの矛盾
2014年01月29日(水) 高堀 冬彦
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▼全文転載
商社出身者として期待された国際感覚はない
ジャーナリスト集団でもあるNHKのトップが、自ら新聞の1面ネタになるとは、一体どういうつもりだろう。三井物産元副社長でNHK会長に就いた籾井勝人氏(70)が、1月25日の就任会見で口にした言葉が物議を醸している。
「従軍慰安婦『どこの国にも』 韓国の補償要求を疑問視 NHK新会長、後で取り消し」(1月26日付、朝日新聞)
「NHK新会長が韓国批判 慰安婦問題『解決済みを蒸し返し』」(同、産経新聞)
「NHK会長 慰安婦『どこの国でも』 秘密保護法は『通ったこと』」(同、毎日新聞)
NHKが抱える問題点については何度か指摘してきたが、まず畑違いの財界人が会長を務めるのは、誰が考えたって難しい。それが露呈した形だ。餅は餅屋。公共放送や報道機関が何であるか分かっていないと務まらない。
1988年、やはり三井物産出身で会長まで務めた池田芳蔵氏が、財界出身者として初めてNHK会長に就任すると、国会などで意味不明瞭の発言を繰り返し、わずか9ヵ月で辞任を余儀なくされた。後輩である籾井氏は不名誉な記録を塗り替えてしまうのかも知れない。
籾井発言は、たとえ三井物産経営陣の立場として口にしても波紋が広がっただろう。
「戦争地域にはどこの国にもあった。ドイツにもフランスにもヨーロッパはどこでもあった」
「なぜオランダにまだ飾り窓があるんですか」
「韓国が『日本だけが強制連行した』と言っているからややこしい。補償問題は全部解決した。なぜ蒸し返すのか」
三井物産にとっても韓国は大切な取引先国の一つであり、100%子会社の現地法人・韓国三井物産は20年以上の歴史を持つ。籾井発言により、韓国と 物産の関係にヒビが入りはしないかと心配になるぐらいだ。籾井氏には、商社出身者として国際感覚を期待する声があったが、残念ながらその期待には応えられ なかったようだ。
NHKトップは海外放送局の関係者と会談する機会が頻繁にある。発言の真意について説明を求める海外局もあるだろう。あまりにも思慮に欠けた言葉だった。
NHKに求められているのはファクトとエビデンス
世間には籾井発言を歓迎する声もあるのだろうが、NHKは特定の人たちのためにサービスをする組織ではない。利益を追求する商社とも違い、あくまで 公共の奉仕者。もちろん政権の代弁者でもない。そもそも現政権の国政選挙での得票率は40%台に過ぎず、視聴者すべてが政権支持者という訳でもないのだか ら。
籾井氏は昨年12月に会長就任が決まった段階で、「昔、NHKの言うことは正しいと信じていた。もっと信頼を高めるNHKにしたい」と、勇ましく抱負を語っていた。この段階で今回のような発言をしかねないことが危惧されていた。
NHKの立場を分かっていたら、こんな発言はしない。「正しい」「正しくない」は主観的なことであり、公平・中立を義務付けられたNHKが決めるこ とではない。NHKに求められているのはファクトとエビデンス。これは、どの報道機関も同じだ。ましてNHKは購読の自由が認められている新聞各紙や雑誌 と違い、半ば強制的に受信料を徴収しているのだから。
そもそも籾井氏とは、どんな人物なのだろう。昨年12月に会長が就任が決まると、新聞各紙は歓迎ムードの紹介原稿を載せたが、これは御祝儀記事であ り、毎度のこと。ビジネスマンに人気の高い文藝春秋のコラム「丸の内コンフィデンシャル」が、2月号で興味深い記事を掲載していたので、引用させてもら う。
「2005年、同社(三井物産)が出資する日本ユニシスの社長に就任したが、『ITのことをほとんど理解していなかった』(日本ユニシス幹部)。相当な野心家であることは確か。しかし同氏の名前が知られているのは鉄鋼業界ぐらい(以下略)」
事実、会長内定前の籾井氏はNHK関係者、放送関係者、放送記者らの間で無名の存在に近く、「籾井WHO?」だった。
NHKというシステムが抱える矛盾が露呈した
一般的な知名度が低いのは構わないだろうが、受信料を払っている視聴者にも人物像が一切知らされず、経営委員たちの間で抜き打ち的に新会長が決めら れたのは問題だ。NHKの運営費を賄う受信料を支払っているのは視聴者で、年間約3000万円とされる籾井氏の報酬も受信料から支払われているのだから。
NHKは放送法で公共の奉仕者と定められ、政権の代弁者ではないのだが、会長の選出を行うNHK経営委員は政権によって選ばれる。当然ながら会長も 政権に近い人物になってしまう。ここにNHKというシステムが抱える矛盾がある。これまでは綻びを取り繕いながら歴史を積み重ねてきたが、籾井氏の登場に より、ついにシステムが破綻し始めたようだ。不合理なシステムであることが露呈してしまった。
昨年秋、前任の松本正之会長(元JR東海社長)が、さしたる理由もなく現政権によって事実上解任されることが決まった際、NHKを監督する総務省の大臣経験者に話を聞いたところ、NHKの行く末を深刻に憂いていた。
「経営委員は政府任用なのだから、ある程度は政権色が出てしまう。会長も同じ。けれど、過去の政権はバランスを考えて委員、会長を選出していた。批 判されるような選び方は避けていた。露骨に政権色を出してしまっては、政権とは独立した存在であるはずのNHKの存在意義が問われてしまう」
そもそも出資を強要しながら、運営には一切口出しさせないような組織は世間に存在しない。三井物産もそうだ。それがNHKに限って許されてきたのは、バランス感覚で不合理なシステムが取り繕わされて来たに過ぎない。
BBCをはじめ、出資者である視聴者を経営に一切参加させない公共放送も国際的に例を見ない。金を払わせておきながら、口出し無用、政権の思い通りでは、いくらなんでも虫が良すぎる。
NHKもBBCトラスト(元BBC経営委員会=視聴者代表として、経営陣と独立した立場でBBCの活動を監視する)のような形態を取り入れない限り、もはや視聴者の理解を得ながら公共放送であり続けるのは難しいだろう。
いっそ受信料を廃止してしまい、税金で運営する国営放送になってしまったほうが形としては分かりやすい。国政選挙の際、NHKの運営方針も争点にな るから、今よりも民意が反映されやすいに違いない。公共放送の論調が政権交代のたびに変わっては困るが、国営放送なら最初からプロパガンダと受け止めれば 良い。
しかし、先進国の大半では国営放送など存在しないし、視聴者の大半がNHKの国営化を望んでいるとも思えない。やはりNHKは放送法に沿い、公共放送のあるべき姿に立ち返るしかない。
労使関係の悪化は質の低下を招き、視聴者が被害を蒙る
昨年秋以降、NHK内で、さまざまな声を聞いた。
「論調は上からの号令によって決まるようなものではありません」(中堅職員)
半面、籾井体制が存続した場合、上層部が強権を発動し、籾井氏の意向に沿わない職員を次々と現場から外す可能性もある。そうなると、松本前会長の下では良好だった労使関係が一気に悪化する怖れが生じる。
労使関係の悪化が商品の質の低下を招くのは、どんな業界でも同じ。番組もそうだ。経営者側が力で抑えつけようとすれば、関係はより悪くなる。そうなると、結局は視聴者が被害を蒙るだけだろう。
組織であるから、上層部の意向を忖度する職員も出てくるかも知れない。2015年の大河ドラマが長州を舞台とする『花燃ゆ』に決まった際、NHK内 から「(長州出身の)安倍首相への気遣い」という声を聞いた。まさか冗談だろうと思い、聞き流したが、籾井発言を耳にしてみると、本当のように思えてき た。
民主党は国会で籾井発言を追及するとしているが、あまりに政権寄りと非難された経営委員の人事も阻止できなかったのだから、どこまで本気なのか疑わしい。
目下のところNHKにはBBCのようなトラストがないが、出資者として監視を強めるしかないだろう。
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