「北の山・じろう」時事問題などの日記

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【米ビキニ水爆実験から60年、第五福竜丸】についての関連記事・毎日新聞から<2014年3月

毎日新聞
ホーム>http://mainichi.jp/
ビキニ水爆実験:米、日本政府に圧力 「死の灰」報道不満
毎日新聞 2014年03月02日 10時05分(最終更新 03月02日 11時34分)
http://mainichi.jp/select/news/20140302k0000e010099000c.html

▼全文転載

 

 ◇機密指定解除の米公文書で判明

  【ワシントン及川正也】1954年3月1日に米国が太平洋ビキニ環礁で実施した水爆実験のため日本のマ グロ漁船「第五福竜丸」が被ばくした事件を巡り、「死の灰」の成分分析を詳報するなど米国の対応に批判的な日本メディアに米政府が不満を強め、日米関係全 体に深刻な影響を与えると日本政府に圧力をかけていたことが、機密指定を解除された米公文書で判明した。

 米政府は原爆や核実験で被ばくした日本の被害感情に配慮しつつ日本政府は「無責任」と決めつけ、日米の感情的対立が高まった舞台裏が浮かんだ。米公文書を収集・分析する米ジョージ・ワシントン大学の研究機関が2月28日に公表した。

  事件は3月14日に福竜丸が静岡県・焼津港に帰港した後に発覚。米政府は「安全保障上の問題」として機 密保全を日本政府に求めた。だが、降下物を分析した東大が炭酸カルシウムを主成分とし、放射性ジルコニウムなど4元素が検出されたとの分析結果を同20日 に発表、毎日新聞が詳報した。これをアリソン駐日米大使は21日付ダレス国務長官宛て公電で「増大する問題」の一例として報告した。

  22日付公電によると、アリソン大使は21日夜に岡崎勝男外相と会談し「数多くの友好的でない新聞報 道」や「爆弾の種類や成分を探りだそうとする新聞や科学者の欲望」に言及。岡崎外相は「新聞幹部に説明し理解を得るのは可能だが、医者や科学者の活動制限 は困難」と回答した。

 日本の報道が、米国による福竜丸の引き渡し要請を「証拠隠滅」と疑ったり、米国が患者を実験台として扱っていると批判したりしたことに、大使は「感情的」と不快感を示しており、政府を通じてメディアに圧力をかけようとした節がある。

  一方、東大病院に入院した乗組員2人に対する米国医師団の接触が制限されたことに関し、23日付公電で アリソン大使は「日本政府の無責任な態度」が続く場合、当時進んでいた原子力平和利用協力を含む「日米のすべての将来的な協力が危機にさらされる。これは 戦後日本の責任が試される重要な試験になる」と警告した。

 岡崎外相は5月1日付の大使宛て書簡で「双方のいら立ち」を鎮める必要を訴える一方、「患者が『実験材料』として扱われる恐怖」から受診をいやがっていると伝え、対立は平行線のままだった。

 死の灰」を東京大学が分析した結果を報じる1954年3月20日付毎日新聞夕刊

http://mainichi.jp/graph/2014/03/02/20140302k0000e010099000c/001.html

 

【当時の写真】1954年3月、アメリカが太平洋ビキニ環礁で行った核実験
そして名画があった:/49 モスラ=玉木研二
2012年11月08日
http://mainichi.jp/graph/2012/11/08/20121108org00m070005000c/001.html

 

ビキニ水爆実験:60年式典 福竜丸の大石氏「猛省を」
毎日新聞 2014年03月01日 11時54分(最終更新 03月01日 13時54分)
http://mainichi.jp/select/news/20140301k0000e040229000c.html

▼全文転載

  【マジュロマーシャル諸島)山田奈緒】太平洋のマーシャル諸島・ビキニ環礁で1954年に行われた米国の水爆実験で島民や日本漁船の乗組員らが 被ばくした「ビキニ事件」から1日で60年を迎えた。首都・マジュロの国会前では追悼式典が開かれ、参加者は黙とうをささげて犠牲者を悼んだ。日本からは 被ばくした「第五福竜丸」の元乗組員の大石又七さん(80)=東京都大田区=や福島県の大学生らも参加、島民らとともに核廃絶を訴えた。

  1946~58年、米国は統治下にあったマーシャルで計67回の核実験を実施した。ビキニ事件で使われ た水爆「ブラボー」の威力は広島型原爆の1000倍とされ、周辺で操業中だった第五福竜丸の乗組員らが被害に遭った。実験場の風下のロンゲラップ環礁で は、死の灰を浴びた島民80人以上が被ばく。全島民が無人島へ避難したが、甲状腺がんなどで亡くなる人も多くいた。米国の資金で除染作業と帰島計画が進め られたが、放射能への不安などから今も多くの島民が故郷に戻れずにいる。

 式典のスピーチで大石さんは「戦うための核兵器を作るため、多くのマーシャルの人たちが犠牲になりました。指導者たちの猛省をうながしたい」と述べた。東京電力福島第1原発事故にも触れ「核兵器原子力発電も私は断固反対します」と訴えた。

 また、今年2月に来日して広島の被爆者と交流したロヤック大統領は「アメリカが実施したすべての核実験を忘れてはならない」とあいさつ。広島市長の代理として招かれた小溝泰義・広島平和文化センター理事長も「核の廃絶のために体験を共有しよう」と呼びかけた。

 一方、米国のガテマラー国務次官代行(軍備管理担当)は「アメリカは核実験後も島の人たちのサポートを続け、核のない世界に取り組もうとしている」と述べた。

 60年を前に、現地では核反対の機運が高まり、被ばく者の証言を聞いたり、踊りや音楽で島への思いを確かめ合う島民集会が開かれたりしている。日本の大学生たちは、広島と長崎に投下された原爆や、福島第1原発事故の影響とマーシャルの歴史を重ね合わせた。

 ◇ビキニ事件

  米国が1954年3~5月、太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁を中心に行った6回の核実験で、多くの島民や船舶乗組員が被ばくした事件。初回の3月1日 には静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員23人が放射性物質を含む「死の灰」を浴び、無線長の久保山愛吉さんが同年9月に急性放射線障害で死 亡した。日米両政府は責任をあいまいにしたまま米国が日本側に総額200万ドル(当時で約7億2000万円)の見舞金を支払うことで政治決着したが、原水 爆禁止運動が広がる契機となった。

 

※ご参考

写真特集:長崎:被爆1週間後の写真見つかる(2010年7月掲載)
2012年07月06日
http://mainichi.jp/graph/2012/07/06/20120706org00m040031000c/001.html

 

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関連記事

「米ビキニ水爆実験、第五福竜丸」関連記事・2014年3月
http://blog.goo.ne.jp/kg7n-oka6re4bl_kd6b-ra6bi_4eg/e/1c01870d713c49ccc1e8c40aed101688

 「米ビキニ水爆実験、第五福竜丸」関連記事・朝日新聞から2014年3月
http://blog.goo.ne.jp/kg7n-oka6re4bl_kd6b-ra6bi_4eg/e/f531dedc2f41bf653d1ebaf5d61e27fb

 

ビキニ環礁 - Wikipedia

クロスロード作戦 - Wikipedia
キャッスル作戦 - Wikipedia

第五福竜丸 - Wikipedia
都立 第五福竜丸展示館 Official Site

http://d5f.org/top.htm


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(写真多数)最も、詳しい記事

 

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