(いま伝えたい)しょういちー。お疲れ様なぁ 見守ってけろよ<朝日新聞 2014年3月>
(いま伝えたい)しょういちー。お疲れ様なぁ 見守ってけろよ
2014年3月5日23時59分
http://www.asahi.com/articles/ASG2X037XG2WUTIL08D.html?iref=comtop_fbox_d1_01
▼全文転載
■「千人の声」2014
震災発生7日目。息子は自宅から約300メートルの路上で見つかった。頭をなでると、髪が針金のように固まっていた。バリバリとしたその感触が、3年たった今も右手から消えない。
岩手県陸前高田市の佐藤テル子さん(75)の長男・昇一さん(当時47)は消防団員だった。足の不自由な高齢女性を背負って避難しようとし、逃げ遅れたらしい。消防団仲間に「昇ちゃん見つかったんだけど、確認して」と言われ、ブルーシートを開けてもらうと、息子が横たわっていた。
「しょういちー。お疲れ様なぁ、津波にかなわなかったんだなぁ」。頭をなでようと手を伸ばすと、生きている人では考えられない硬さの髪に触れた。
ティッシュペーパー3箱で作った息子の仏壇に毎朝、熱いお茶を供えた。いっそ息子のもとへ行こうと、仮設でひもをひっかける場所を探した。
震災から2年を過ぎたころ。「お茶をあげられるのも、私が生きてるからだな」。天国で暮らす息子のためにも生きなければ。津波から必死に逃げて生き延びたように、一日でも長く生きよう、と思い直した。